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梅錦を知る

社長のページ『おいしい話』

Vol.196 狂歌

【2014.10.10】


 狂歌といえば、すぐ次の二首を思い出します。


   白河の清きに 魚のすみかねて もとの濁りの 田沼こいしき


松平定信の寛政の改革を揶揄する狂歌で、太田蜀山人の作だといわれています。寛政の改革は、緊縮財政や棄損令(徳政令)、思想統制で朱子学を奨励し、蘭学の禁止などを実施します。奢侈禁止令で錦絵が贅沢品になり、蔦谷重三郎が書籍絶版・財産の半分没収があり、山東京伝や喜多川歌麿が手鎖50日という刑罰を受けます。勘定奉行勤務の幕府役人だった太田蜀山人は狂歌を作らなくなりました。太田蜀山人所属した狂歌連「山の手連」、蔦谷重三郎の「吉原連」も解散したでしょう。当然この歌を太田蜀山人が自分の作であることは否定するでしょう。


松平定信は重商主義と賄賂などを理由に田沼意次を失脚させ、米経済へ戻し、経済縮小で財政改革を目指したため、非常に窮屈になった世相をよく表していると思います。


もう一首は


   泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜の眠れず


 ペリーが4隻の軍艦と一緒に浦賀沖に停泊し混乱した状況を良く表現しているとおもいます。この歌は安政の大獄に深く係った井伊大老時代の老中首座となった間部詮勝(あきかつ)が作ったといわれています。上喜撰はお茶の名前です。お茶をのんで眠れないが、表の意味ですが当然、蒸気船の意味です。作者が時の老中だというのも興味深いですね。


 この二つの狂歌は中学生の頃に覚えたのでとおもいますが、なぜか今も記憶しています。


 狂歌に酒に関する歌が無いかと調べました。 「蜀山先生 狂歌百人一首」という百人一首のパロディー本が大阪で出版されています。


「太田南畝全集」(南畝は獨山人)から引き合わせてみて本人作は3首くらいしかないのだそうですが、私の興味はその百首のなかでお酒について読まれた歌がいくつあるかですから、かえっていろんな人が作っているほうが目的に合うのかも知れません。


 39. 浅芽生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき(参議等)
    (徳利はよこにこけしに豆腐汁あまりてなどかさけのこひしき)


 50. 君がため惜しからざりし命さえ長くもがなとおもひぬるかな(藤原義孝)
    (めいていにすするこのわた味よくてながくもがなとおもひけるかな)


 53. なげきつつひとりゐる夜の明くる間はいかに久しきものとかはしる(右大将道綱母)
    (酔ひつぶれひとりゐるよのあくるまははばかに久しきものとかはしる)


 58. 有馬山ゐなのささ原風ふけばいでそよ人を忘れやはする(大弐三位)
    (有あひのたなのささをば呑むときはゆでさや豆をさかなとぞする)


 60. 大江山生野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立(伊勢大輔)
    (大江山いく野の道のとをければ酒呑童子のいびき聞こえず)


 68. 心にもあらでこの世にながらえば恋しかるべき夜半の月かも(三条院)
    (友もなく酒をもなしにながめればいやになるべき夜はの月かな)


 77. 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれもても末に逢わんとぞ思ふ(崇徳院)
     (焼つぎにやりなばよしやこの徳利われても末はあはんとぞ思う)


  この7首でした。多いのでしょうか少ないのでしょうか?私に解説する能力はありませんが、確かに終りの3首以外は駄作ですね。


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